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#11
INTERVIEW RELAY

ららぽーととラゾーナがサポートするスポーツチームによるリレーインタビュー。真剣勝負を通して勇気や希望や感動をくれる彼らのお話には、コロナ禍で沈みがちな世の中を明るく照らしてくれるヒントがいっぱいです。クボタスピアーズの選手からバトンを受け取ったのは、横浜ビー・コルセアーズの生原秀将選手。今回もChallenge!をテーマにお話を伺いました。

横浜ビー・コルセアーズ所属
生原秀将選手

1994年生まれ、徳島県県出身。2013年に徳島市立高校から大学バスケの名門筑波大学に進学。全日本大学バスケットボール選手権大会3連覇に貢献し、2年連続で優秀選手賞も受賞。2017年1月、大学4年生で栃木ブレックス初の特別指定選手として加入し、大学卒業後に選手契約を結び加入、翌2018年にシーホース三河に移籍。2019年より横浜ビー・コルセアーズに加入し、2020-21シーズンよりキャプテンとしてチームを牽引している。

子供の頃から培ってきたキャプテン魂

2020-21シーズンから横浜ビー・コルセアーズのキャプテンに就任されました。キャプテンとして気を使っていることなどありましたら教えてください。

生原秀将選手(以下、生原):人それぞれだと思うんですけど、僕はあまり自分に意識を向けないで、全体を俯瞰して見るようにしています。プロ選手としては自分のスキルや能力の向上に目を向けることも大事だとは思うんですけど、自分は器用じゃないので、自分に目を向けていると周囲に目がいかなくなってしまうので、まずはチーム優先です。

筑波大学時代もキャプテンを務めていらっしゃいましたね。若い頃はもっと自分のために頑張りたいと思ったこともあるのでは?

生原:大学3年生の頃から実質キャプテンのようなことをやっていて、その頃は自分の練習や技術の向上のために時間を使いたいと思うことはありました。でもチームがいい方向に行くことが自分にとっては一番大事なんです。みんなバラバラに何かをやっていても楽しくない。勝ち負けよりも、楽しくみんなが同じ方向を向いて努力することが自分にとって一番ベストなので、そこで自分が犠牲になっているという意識はありません。 まぁ、シーズンオフにもうちょっと自分の練習をしときゃよかったと思ったりすることはあるんですけど、シーズン中はそこまで余裕がなくて……(苦笑)。

大学時代と比べて、プロチームのキャプテンならではの難しさはありますか?

生原:小・中・高校でもキャプテンをやらせてもらって、僕の中ではまずそこと大学との違いが大きかったですね。筑波大学は学生主体ということもあって、スタッフがすごく少なくて、学生であるキャプテンがチームをまとめなければなりません。全国から集まって来る優秀で、プライドも高い選手たちをどうまとめるのかというは、それまでのキャプテンとしての経験がまったく生かされないくらい大変なことでした。 プロチームの難しさは、そこに外国籍選手が加わることですね。勉強はしているんですけど、言葉の壁があって、通訳さんを介して伝えるんですけど、本当に伝えたいことが伝わらないもどかしさを感じることがあります。 文化の違いもありますが、それはどちらが正しいということもないので、お互いに中和して、良い方向にもっていくことが大事なんじゃないかと思っています。

キャプテンとして横浜ビー・コルセアーズをどんなチームにしていきたいですか?

生原:プロ選手ですから、みんなに活躍してほしいし、みんなに長くプレーヤーとして頑張ってもらいたい。そのためにはみんなが主体性を持って発言したり、コミュニケーションを取ったりして、同じ方向を向くことが大事。ベクトルが同じ方向を向けば良い組織になって、必ず強いチームになると思っています。

チームが最優先でご自身のことは二の次というお話ですが、バスケット選手としての夢は?

生原:そこが定まっていないところが僕の一番悪いところだと思うんですけど、与えられた仕事を全うすることしかないですね。チームが目標を達成するために、自分がどれだけ先頭に立ってみんなを鼓舞できるかということで精いっぱい。それが夢といえるのかわかりませんが、あえて言うならそうなりますね。

バスケット以外で叶えたいことや夢はありますか?

生原:好きな人と結婚して、幸せな家庭を築けたら他に何もいらないですね。

好きな人といえば、小学生の頃からお好きだったという新垣結衣さんの結婚報道がありましたね。

生原:僕が病んでると思っていろんな人が連絡をくれて、その日は「いやいやいや、しょうがないよ」と思っていたんですけど、2日後、3日後にドンと精神的にきました。筋肉痛みたいに(笑)。といっても、何も変わらないんですけどね。星野源さんの曲も前よりも聴くようになったくらいです。結婚されて「あーやっぱり実在してたんだな」って思いました。

次に眼を着けている女優さんは?

生原:僕の好きな女優さんはみんな結婚しちゃうんで……。

清野菜名さんですね(笑)。

生原:よくご存じで(笑)。

生原選手の思い出のチャレンジ

ららぽーと/ラゾーナ SPORTS SUPPORT PROJECTでは四半期ごとにテーマを設けています。7月から9月までのテーマは「Challenge!」。生原選手にとって一番印象に残っているチャレンジはいつ頃、どんなものでしたか?

生原:徳島の田舎の高校から筑波大学に進学した時ですね。それまで地元を離れたことがなかったですし、関東1部リーグで、日本の大学のトップレベルだった筑波大学に進学することは、いろいろな意味で覚悟が必要だったかなと思います。

そこで背中を押してくれたものは何ですか?

生原:徳島県にはたくさんの友達がいて、18年間育った町から出るとなったときに、みんなが応援してくれました。自分が大学バスケで成功すれば、みんなそれぞれの場所で新しい友達をつくるときに、話のタネになる。みんなが「生原って高校の同級生だったんだ」って話せるような人間になりたいなっていう想いがありました。それは今も変わらず、自分のエネルギーになっています。

既にその想いは達成されたといっていいのでは?

生原:大学に入りたての頃に比べれば、プロに入れたということで、多少は達成できているのかなと思いますけど、もっと自分が活躍すれば、支えてくれる人たちとのつながりも増えて、さらにみんなの話のタネにもなれる。大学に入る時は地元の友達だけだったのが、プロになるとそこに大学の友達が増えて、プロで活躍するとさらに支えてくれる人が増えて、それが自分の力になっていくと思っています。

チャレンジすることは人によって怖いことだったり、楽しいことだったりしますが、生原選手にとってはどうですか?

生原:僕はわりと慎重派でネガティブなところもたくさんあるので、決断するときはじっくり時間をかけて考えます。でも考え抜いても結局「失敗しても何とかなる。まいっか」というところに行きつく。そこに行きつくまでは、いろいろ葛藤しながら考え抜きますね。

 

 

 

SPORTS SUPPORT PROJECT編集部

次回予告

プロになるまでの
生原選手のバスケット人生、
そしてプライベートな
素顔にも注目です!

 

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